社会に羽ばたくグローバルリーダーの育成
エンタープライジング科
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毎週金曜日の6・7限目に,2年生全員が文理のコース分けを超えて8つのゼミに分かれて「課題研究」を行っています「エンタープライズII」(以下,「EPII」と略します)。時に応じて講演会を行ったり,実地研修を行ったりしています。
12月2日(金)6・7限目の「EPII」では,国際学ゼミにおいて,4階会議室を会場に特別授業を行いました。
本日の講師は,岡真里先生(京都大学大学院人間・環境学研究科教授)です。先生はアラブ文学を元々の専攻とされていますが,現在の中心的な研究テーマはパレスチナ問題だそうです。この問題が浮かび上がらせる“現代社会の普遍的な課題”を研究者として問い,文学を専攻する立場から問題の解決を模索することを通じて,実社会での課題解決に向けた取り組みを実践しておられます。
課題研究「国際学」ゼミは,本年度初めて設置されました。生徒数名からなる班ごとに,SGH校に相応しい国際的な課題を分析しつつも,机上の空論でない実践的な解決策を模索しています。現時点で既に各班の研究テーマは定まり,それぞれが扱う問題の構造や,問題が生じる原因の分析を進めていますが,まだ明快な解決策が見えている班はない状況です。
今回は,それ自体が国際問題であるパレスチナ問題をよく知る専門家として,またその根底にある原因を分析されている研究者として,そしてその解決に向けて行動しておられる実践者として岡先生にお話しいただくことで,生徒の視野を広め,問題に対する認識・理解を深める契機となるよう,特別授業を企画したものです。
「魂の破壊に抗して――世界の《恥》としての,人間の《希望》としてのパレスチナ」と題する御講演の初めに,岡先生は,アラビア語の挨拶「アッサラーム・アライクム」(日本語の「こんにちは」にあたる挨拶の言葉です)を紹介されました。これは,国を問わず,イスラム教徒の間で共通に通じる言葉であり,アラブ世界の広さをまず説明して下さいました。
その上で岡先生は,「大陸にあって日本にないものは何ですか。」との問いを出されました。答えは「国境線」であり,島国である日本で暮らしていると実感する機会のないものです。第1学年での海外フィールドワークにおいて,生徒は航空機で国境を越えるという経験をしていますが,実際の国境線に「立った」経験のある生徒は多くありません。日本にいるとあたかも一本の「線」が国境であると考えがちですが,実際の「国境」は,国と国の間に数kmから数十kmの幅をもつ「面」であり,その間の地帯は「no man’s land(ノーマンズランド)」と呼ばれています。
中東ではこの「ノーマンズランド」は砂漠地帯にあることが多く,昼は暑く,夜は寒く,人が暮らすには困難な環境です。どこかの国で紛争が起き,国を捨てることを余儀なくされて「難民」となった人々は,この「ノーマンズランド」に足を踏み入れることになります。日本国のパスポートを持つ「日本国民」のように,どこかの国に帰属する「国民」であれば,この国境を平然と超え,隣国に入ることができます。しかし,戻るべき「国家」を持たない,パレスチナ人やクルド人といった難民は,入国後に定住し,その国の治安や経済を悪化させる原因となる可能性があるため,容易に隣国に入ることはできません。「ノーマンズランド」は,単に「誰のものでもない土地」ではなく,どこの国にも庇護されず,もはや人間として扱われない「no man」が野宿生活を強いられる土地でもあります。岡先生は「I’m dying in the desert.(私は砂漠で死のうとしている)」と書かれた紙を掲げる難民の少女を写した写真を示しながら,「国家」とは何か,そしてそこに帰属できない「難民」とはどのような人々かを説明されました。
昨夏にはヨーロッパでの難民問題が非常に大きく取り上げられましたが,中東難民は,昨年初めて生まれたわけではありません。もう何十年も以前からあった問題であるにも関わらず,ヨーロッパに波及して初めて世界のメディアが取り上げるに至ったのは,世界の中東に対する「無関心」と「忘却」が根本的な原因であると,岡先生は指摘されました。ユダヤ人に対するホロコーストが現在でも大きく取り上げられるのに対し,パレスチナにおける「ナクバ」(al-Nakba, アラビア語で「大いなる破局」)は日本や欧米ではほとんどメディアに登場せず,人々の関心も低いのが現状です。
岡先生は,「占領」を,「人間の魂を破壊する暴力」だと紹介されました。イスラエルがパレスチナのガザ地区に対して10年近く行っている封鎖や,それに伴う日常的な停電などインフラの機能不全,イスラエルが「芝刈り」と称する定期的な大規模空爆は,紛れもなく人間の「魂」を破壊するものであり,平和学者J. ガルトゥングのいう「構造的暴力」や「文化的暴力」にあたると指摘されました。
『アウシュヴィッツは終わらない』を著した作家P.レーヴィの,「(こうした暴力に無関心で行動しない)人間であることが恥ずかしい」という言葉で,講演は締めくくられました。
質疑応答では,生徒から,「ユダヤ人がそこまでパレスチナという土地にこだわる理由」や,「このような世界の無知・無関心にどう行動していけば良いのか」といった質問がなされました。岡先生は,前者の質問には,シオニズムの歴史的経過を踏まえつつも,それがパレスチナに元々いたアラブ人を排除する理由にはならないと述べられました。また後者の質問には,国際サッカー連盟(FIFA)がイスラエルに対して行った措置を引用しつつ,例えスポーツ団体であっても行える行動があり,国家レベルと個人レベルのそれぞれで行動していくことが重要だと指摘されました。岡先生が主宰する劇団「国境なき朗読者たち」(http://readers-without-borders.org)が行う朗読劇の活動を紹介され,個人レベルでできる解決策があることを述べられて,生徒の課題研究へのヒントを示唆して下さいました。
生徒の感想です。
・「パレスチナ問題」という言葉は耳にしたことがあるけれど,それが一体どういう状況でどんな人が関わっているのかは,知りませんでした。日本では,自分から知ろうとしなければ知ることが出来ない情報だと思います。でも,私は今回の講演を聞いて,それではダメだと思いました。「パレスチナ問題」という言葉だけが歩いているけれど,その裏にある「人間」として扱われていない人,生きていると呼べないような扱いを受けている人がいることも大きく世界で発信するべきだと思いました。
・危険を冒してでもヨーロッパに逃げようとする理由として,国が「生き地獄」だからということを聞き,初めは実感出来ませんでした。しかし,話を伺ううちに,水も電気もなく,完全に閉じ込められ,いつ攻撃されるか分からない中で,様々な暴力により自分の魂が破壊され,人間性を失っていく日々は確かに「生き地獄」だなと痛感しました。
・No man’s landに帰る国のない人がいることや,ガザでの封鎖や殺戮などを知ろうともせずに,自分の周囲に関係ないことは知らなくてもよいと決断することはできないと思いました。自分がそのようなことを知ることで,(関心を持つかどうかは分かりませんが)知ることが何かになるのだったら,少しでも知りたいと思いました。表面しか知らないからあまり現実のように思えず,自分に関係のないことだと思ってしまうのではないでしょうか。
岡先生,大変お忙しい中御講演下さり,ありがとうございました!