すべては君の「知りたい」からはじまる
普通科・探究学科群(人間探究科・自然探究科)
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あやべ・日東精工スタジアムは燃えていた。
灼熱の空、揺れるうちわ。陽炎の向こうで、白いユニフォームがマウンド付近に集まる。少数精鋭。部員が多くないことや置かれた状況を言い訳にすることなく、所与の条件の下で力を尽くす。
3人の三年生が躍動した。全員がヒットを打ち、ヘッドスライディングで2年生エースを盛り立てる。相手チームには、プロ注目の選手が出場していた。三年生が渾身の力を込めて振り抜いたゴロが、相手の二遊間を辛くも抜いていった。センター前ヒット。沸き立つスタンド。一塁側応援席を陣取り、祈るように見つめ声を張り上げていた一人の教師のこぶしは固く握られ、震えていた。
あとしばらくこの時間が続けば。あともう少し練習がすることができれば。あと数日この大会に出場し続けられれば。あと少しこの仲間とグラウンドに立っていられれば。あと少し早くこのことに気が付いていたら。ないものねだりの私たちは、過ぎ去った時間の偉大さに気づき、来たるべき未来に圧倒されながら、次のプレイボールのサイレンを待つ。
十数年前、彼らと同じ白いユニフォームを身にまとった若者たちが、センバツ高校野球の21世紀枠候補校として、選考の過程で全国の9校にまで残った。チームを率いたのは名将I教諭と部長のS教諭であった。「文武両道」「限られた時間で」「二兎を追いながら」-様々なコメントとともに各方面で報道された。当時感じたものである。「勝負の世界は問答無用。真剣勝負に臨んでいる高校生にとって、条件闘争など視野にない。大人が考えているほど、高校生はやわじゃない。所与の条件の中で全てを賭ける彼らに、レトリックなど要らない。」
果たして、甲子園出場はならなかったものの、最後の夏まで彼らは力強く闘い抜いた。彼らはそれぞれに進路を切り拓いた後、今は社会人として立派に活躍している。所与の条件を言い訳にせず、外野の思惑に惑わされることなく、過ぎゆく時間を力の限り闘い抜いた。そんな経験をした者にしか、知り得ぬ境地というものがある。
8月の第一土曜日、天橋立には灼熱の太陽がじりじりと照り付けていた。
天橋立・知恩寺の静寂の中に、府立・市立の高校生が一堂に会した。初めての開催となった「京都探究クエスト」に集う20名は、歴史的な遺物に触れながら、普段は関わることのない他校の生徒と対話し、自身と向き合い、それぞれの問いを掘り下げた。
本校からは5名が参加。眼前に広がる天橋立を背に、一体何を見ていたのだろうか。それぞれが問いと向き合う中で、自らの現在地に、気付きを得たのだろうか。
あっという間の時間が過ぎ去った。午後2時、京都市内への帰りのバスが出発する。府内北部から参加した数名の生徒は、タクシー乗り場へと急ぐ。限られた時間の中で、それぞれの心の中で何かが動き始めたようにも見える。遺物について調べ、過去の一端に触れたのは手段である。普段は交わることのない高校生との関わりの中で、自らの考えを深め、問いかけながら思考する。そのプロセスすら手段である。では、目的は?
「あと少し時間があれば」と思った。生徒の一人に思わず話し掛ける。「もうちょっと時間があればよかったなあ。」大人はいつも、つい過去からの延長線上に現在を捉えてしまう。「ええ、まあ。」曖昧に笑った生徒の返事そのものに、若者の明確な意思が込められていると見た。「そこにある時間で、できるだけのことをやり切りました。」
20名の高校生は、天橋立でそれぞれの一歩を踏み出した。過ぎゆく時間を惜しみながらも、彼らの眼差しはどこか前を見据えていた。その日、帰り道で見せた最後の笑顔。何かを掴み取ったかのような、自信に満ちた、あるいは曖昧な表情が、それぞれの胸に残る。過ぎゆく時間を精一杯。そんな経験をした者にしか、知り得ぬ境地というものがある。
変化を恐れる必要はない。失敗などない。
レトリックではなく。
船越 康平