美術を通して、これからの時代を生き抜く力を磨く!
美術工芸科
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春浅き鴨川の水音に、三年(みとせ)の月日の流れを感じる今日の佳き日、三年生の巣立ちの日となりました。
本日、京都市教育委員会をはじめ、PTA役員の皆様、並びに、平素よりご支援をいただいております、美工交友会、京都パレスライオンズクラブ、銅駝自治連合会よりお越しくださいましたご来賓の皆様、そして多数の保護者の皆様のご臨席を賜り、第三十八回京都市立銅駝美術工芸高等学校卒業式を挙行できますことを、心より感謝し、教職員を代表いたしましてお礼申し上げます。
先ほど、九十名の生徒の皆さんに、卒業証書を授与いたしました。卒業生の皆さん、ご卒業おめでとうございます。美術専門高校での三年間の学びを全うし、ここに晴れて卒業の日を迎えられたこと、心よりお祝い申し上げます。
保護者の皆様、お子様のご卒業、誠におめでとうございます。お子様は本校で確かな力を身に着けられ、立派に成長されました。この三年間、本校の教育活動に深いご理解と温かいご協力を賜りましたこと、高い所からではございますが厚くお礼申し上げます。
さて、卒業生の皆さん。皆さんは明治十三年、一八八○年に創立された京都府画学校以来、一三八年の歴史と伝統をもつ美術学校の卒業生として、社会に巣立ちます。その誇りと、大きな志をもって、それぞれの新しい道を、歩み始めてください。
皆さんが本校に入学した二〇一五年四月、私も他校から異動し校長として着任しました。立場は異なっても、私自身、皆さんと同じように、まっさらの気持ちで本校での生活をスタートさせました。私の最初の驚きは、入学後すぐに実施された新入生美術研修の日です。国立近代美術館で美術の鑑賞について講義を熱心に聴く姿勢、館内の作品をしっかり鑑賞する目差し、小雨が降る中、動物園で熱心に動物を観察して描いている姿に、心を動かされました。私はその後も、皆さんの学校生活の様々な場面を見届けてきました。本日、成長した皆さんの晴れの姿を見て、この三年間皆さんの成長に寄り添い、関わることができた教職員のひとりとして、心からうれしく思っています。
その皆さんに、校長として三つの話をします。
一つ目。私は、銅駝に来てから八枚の似顔絵を描いてもらいました。今年の卒業生の皆さんも、描いてくれましたね。第三者が八枚の似顔絵を見ると、どれが一番私に似ているか、というような評価をつけるかもしれません。しかし私は、八枚ともすべて私という人間をうまく表現して描いてもらったと思っています。描いてくれた八人の作者の観察、私と交わした言葉、私に対する印象や思い、それぞれに捉えられた八枚の似顔絵は、他者から観た全部正解の「私」だと思うのです。私が、鏡で私を見ても、捉えることのできなかった多様な「私」。私を映す鏡を超える八枚の絵の力に救われ、感謝しています。「私はこんな人間だ」、しばしば会話に出てくる言い方ですが、そんな簡単に「私」というものを決定することはできない、そう皆さんにも考えてほしいと思います。
皆さんを迎えた入学式の式辞で、私は皆さんに「出会い」の素晴らしさをお話ししました。本校での三年間で出会った人やもの、こと、それはすべて皆さんの成長と変化に力となり、皆さんを形作ってきました。ひとは他者と関わり、その出会いと経験により自己の在り方を考え、変化し、広さと深みを増します。「私」であれ「他者」であれ、ひとを一面的に評価したりレッテルを貼るのではなく、これからもポジティブに出会いを求め、自らの表面積を広げ、他者に対する感度を高くして生活をしてください。
二つ目は、二〇一六年四月二十六日の「ニューヨークタイムズ」に掲載された「アートは警察官の観察眼を育てる」という記事です。ニューヨーク市警の警察官の定期研修で行われている、メトロポリタン美術館でのアート作品の鑑賞プログラムでは、視覚認知の専門家エイミー・E・ハーマンが講師となり、警察官に、ピカソや、フェルメール、エル・グレコなどの作品を見せ、言葉で描写させ、その意見を交換させます。この研修で、日頃、鋭い眼光でパトロールをしたり、事件現場で状況証拠から推察する仕事をしている彼らが、これまでの経験から来る固定概念でものを観るのではなく、絵画鑑賞をグループの対話を通じて行うことで、豊かで細やかな観察力を養い、確かな分析力や判断力を磨けるようにしているそうです。皆さんが本校での学びで存分に行ってきた、「観ること」「感じること」「考えること」「表現すること」は、美術の学びだけでなく、人間にとって、とても大切な営みです。デジタルネイティブ世代と呼ばれ、モバイルを難なく使いこなす皆さんは、ICTに留まらず、もののインターネット接続IOTの時代に生活し、人工知能AIとどのように共存するか、という時代に生きていきます。情報の入手、共有、発信が瞬時に垣根なく行える社会で、「観る」「感じる」「考える」「表現する」とはどういうことか、美術専門高校で学んだ皆さんだからこそ、この営みを主体的に日常的に行い、安易な判断や同調を退け、五感をはたらかせ、多角的で細やかな分析力と、深い洞察力で、課題解決に力を発揮してほしいと願っています。
最後にもう一つ。大学で哲学、大学院で美術史学を研究し、現在外資系コンサルタント会社で働く山口周さんは、『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』という著書で、グローバル企業が、幹部候補生を著名なアートスクールに送り込み、また、ニューヨークやロンドンの専門職が、早朝のギャラリートークに参加していることを紹介しています。現代のビジネスにおいては、数値を用いた分析や評価を重視する「サイエンス型」や、これまで得た知識や経験に基づく「クラフト型」に偏重しすぎていると指摘し、不確実、不安定な時代に、ワクワクするようなビジョンをたて、創造的な発展を成し遂げるには、「アート」をトップにおき、「サイエンス」と「クラフト」で両翼を固めながら、感性や直感、美意識に基づいた意思決定が必要である、と述べています。
アートは作家の作品制作に留まるものではなく、変化の激しい複雑な社会において、展望を切り拓き、社会を変革していくために欠かせないものであり、また、ひとが生きていく上で、心身にエネルギーと安定を与えるものであると、私は考えます。
多感な高校生の時代に、銅駝で巡り会った人々と織りなした三年間の日々。アートを専門に学び、ひたむきに、伸びやかに、多様な力を身につけた皆さんは、本校の誇りです。皆さんが、これからその力をますます磨き、発揮することを大いに期待するとともに、未来に向けて、アートが希望を創り、社会を動かし、いのちと心を育む、ということを、皆さんの営みで確かなものにしていって欲しい、その願いを託し、式辞といたします。
平成三十年三月一日 京都市立銅駝美術工芸高等学校長 吉田 功